東京地方裁判所 昭和41年(ワ)4264号 判決 1968年9月28日
原告 岡島秀夫
右訴訟代理人弁護士 伊藤正昭
右同 竹田章治
被告 国
右代表者法務大臣 赤間文三
右指定代理人法務大臣官房訟務部第二課長 朝山崇
<ほか四名>
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
原告訴訟代理人は、「被告は原告に対し金二二二万一、六六一円およびこれに対する昭和四一年五月二三日から支払済にいたるまで年六分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決ならびに仮執行の宣言を求め、その請求の原因として、
一、原告は、米穀ならびに砂糖、小麦粉等の食糧品の販売を業とするものであるが、約二〇年以前から昭和四一年二月末日まで、被告の機関である大蔵省印刷局滝野川工場(以下単に滝野川工場と略称する)に対し、同工場職員に対する給食用の職場加配米、砂糖、小麦粉その他を売渡してきた。
二、ところで、昭和四一年一一月二二日以降に販売した品物は、別紙一覧表記載のとおりであるところ、右工場は、
(イ) 昭和四〇年一一月一日から同月末日までの買掛金五九万四、二六八円のうち金一〇万二、八六九円。
(ロ) 同年一二月一日から同月末日までの買掛金六一万二、三九〇円。
(ハ) 昭和四一年一月一日から同月末日までの買掛金六五万五、四五二円。
(ニ) 同年二月一日から同月末日までの買掛金八五万〇、九五〇円。
以上合計金二二二万一、六六一円の支払をしないから、右金員とこれに対する訴状送達の翌日である、昭和四一年五月二三日から支払済にいたるまで、商法所定の年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。と述べ、
後記被告の主張に対し、
(一) 原告が滝野川工場に対して米穀類を売渡してきた経緯はつぎのとおりであるから、被告に買主たる責任の存することは明らかである。すなわち、右滝野川工場は、昭和二五年頃、原告の経営する二本榎食糧販売所に職場加配用米穀類の購入登録申請をし、爾来原告は同工場に対する小売販売業者として、米穀類の配給を継続してきたものであるが、同工場において職場用加配米の配給を受けるについては、毎月労働基準局に対し、前月分の労働人数、労働時間、稼動延時間等を申出で、労働基準局の証明を受けた上でその証明書を添付し、東京都(経済局消費経済部管理課)に職場加配米穀の割当申請をし、それに対して東京都の割当があって、「大蔵省印刷局滝野川工場」に対する当月分の配給割当数量が決定される。そして東京都は、右について職場加配用割当通知書を作成し、滝野川工場に対する配給を「大蔵省印刷局」において認証したうえで、右通知書は同工場に送付され、同工場の職員の手を経て原告の手許に届けられる。そこで、原告は右通知書による配給割当数量を城北食糧販売協同組合に連絡し、同組合が食糧庁の政府倉庫から米穀を受領して原告のもとに配達し、原告が玄米を精米して割当数量の範囲内において滝野川工場に売渡すのであるが、原告は滝野川工場の食堂担当者から米穀類の注文を受け、その注文量を同工場の食堂内の倉庫に納品し、食堂事務所で係員の受領サインを受け、同食堂担当者から月末に現金でその支払を受けていたものである。
要するに、本件においては、大蔵省印刷局滝野川工場自体が職員に対する給食用米穀の配給割当申請をし、かつその割当を受けた受配者であって、同工場が米穀類の買主であることは≪証拠省略≫によっても明らかである。
(二) 仮りに右食堂経営の主体が被告ではなく、訴外谷村勢幾であり、原告から米穀類を買入れたのは同訴外人であるとしても、被告は右訴外人に対し、同食堂で使用する米穀類の買入れに関する代理権を授与していたから、同訴外人の行為の効果が被告に対して及ぶことは明らかであり、従って右訴外人の本件米穀類の購入行為について被告がその責任を負うべきは当然である。
(三) 仮りに、被告が右訴外人に対し、前記のような代理権を授与した事実がないとしても、被告は同訴外人に右代理権を授与した旨を原告に対して表示しているから、民法第一〇九条により、被告は同訴外人の行為について責任がある。
なお、同訴外人の行為のうち、右代理権授与の表示の中に包含されない行為についても、被告は民法第一一〇条の規定によりその責を負うべきものである。
(四) 仮りにそうだとしても、被告は右訴外人に対し「大蔵省印刷局食堂」なる名称で営業することを許容していたから、いわゆる名板貸の法理により、同訴外人の右営業上の行為について、被告はその責任を負わなければならない。
原告は、右訴外谷村勢幾が被告の代理人と信じて取引をしたものであるが、原告がそのように信ずるについては正当の事由があるから、被告の主張は理由がない。
と述べ(た。)
立証≪省略≫
被告指定代理人は、「原告の請求を棄却する。」との判決を求め、答弁として、請求原因事実中、原告の営業内容は認めるが、その余の事実は全部否認する。大蔵省印刷局滝野川工場における食堂経営の推移は左記のとおりであって、被告は未だかつて原告から米穀類を購入した事実はない。すなわち、
右滝野川工場においては、昭和二〇年頃、同工場の寮に居住する職員に、朝夕の食事を提供する目的で食堂が設けられたが、その経営は印刷局の外廓団体である財団法人朝陽会がこれを担当し、同会が給食材料の買入、その代金支払等をしてきた。その後給食者の範囲を拡大し、寮内居住者ばかりでなく、一般職員にも給食するようになったけれども、その食堂経営の実態には変動がなく、昭和三一年九月末日までは依然として右朝陽会がその経営を行なってきた。
昭和三一年一〇月一日からは、印刷局共済組合滝野川工場支部が、直接に右食堂の経営をすることになり、右食堂の名称も「印刷局共済組合滝野川工場食堂」と称し、同支部長の名のもとに、同支部職員が飲食材料の仕入、代金の支払等の業務を行ない、昭和三七年三月二三日に至った。この間において、昭和三六年一月五日から、昭和三七年三月二三日までの間、同支部長は、飲食材料に加工して食事をつくって提供するまでの作業を、訴外株式会社西武百貨店に委託(作業委託)したが、材料の購入、代金の支払等は依然として右共済組合支部長が行なっていた。
ところが、同支部長は、昭和三七年三月二四日、右訴外西武百貨店に対し、前記食堂の経営を全面的に委託(完全委託)し、同訴外会社が、右食堂経営に伴う人件費、保健衛生費、飲食材料費、被服費および公租公課等食堂経営に必要な費用は一切これを負担することとし、昭和三九年三月末日まで同訴外会社がその経営に当ってきたが、右同日前記共済組合支部長は前記訴外会社との間の委託契約を解消し、昭和三九年四月一日訴外谷村勢幾に対し、右食堂の経営を委託(完全委託)した。そして、同訴外人は昭和四一年三月二日までこれを経営していたが、同月三日、前記共済組合支部長は、訴外日本国民食株式会社にその経営を委託したので、現在は右訴外会社が前記滝野川工場の食堂を経営しているのである。
以上のとおり、被告は従来一度も滝野川工場食堂を自ら経営した事実はなく、従って原告からその主張にかかる物品を購入した事実はないから、原告の本訴請求に応ずることはできない。と述べ、
原告の予備的請求原因事実を否認し、被告は滝野川工場における食堂の米穀類購入について訴外谷村勢幾に対し代理権を授与した事実のないのは勿論、原告やその他の第三者に対して、被告が右訴外人に対し右のような代理権を授与した旨を表示した事実はないから、民法第一〇九条や、第一一〇条所定の表見代理の規定が適用されるべき余地はない。
また、被告が右谷村勢幾に対し「大蔵省印刷局食堂」なる名称を用いて営業することを許諾した事実はない。仮りに同訴外人がそのような名称を用いたことがあるとしても、それは印刷局構内に設けられている食堂という趣旨を表示するものに過ぎず、被告が直営する食堂であることを表示するものではないから、被告に「名板貸」の責任のないことは明白である。
いずれにしても、被告は原告に対しなんら責任を負うべきものではないから、本訴請求は失当である。と述べ(た。)
立証 ≪省略≫
理由
一、原告が米穀ならびに砂糖、小麦粉等の食糧品の販売を業とするものであることは当事者間に争いがなく、≪証拠省略≫を総合すると、原告は、かねてから大蔵省印刷局滝野川工場構内にある食堂に対し、米穀、砂糖、小麦粉等を搬入売渡してきたこと、昭和四〇年一一月二二日から昭和四二年二月末日までに売渡した品代金が別紙売掛代金一覧表記載のとおり合計金二二二万一、六六一円であることが認められる。
二、原告は、右米穀類等の買主は被告である、と主張するけれども、原告本人尋問の結果中この点に関する部分は、後記各証拠に照らして当裁判所の措信し難いところであって、他に右主張事実を肯認するに足りる証拠はない。かえって、≪証拠省略≫を総合すると、つぎの事実を認めることができる。すなわち、大蔵省印刷局滝野川工場においては、昭和二〇年頃同工場に勤務する職員のためにその構内に食堂を開設し、印刷局の外廓団体である財団法人朝陽会にその経営をさせていたが、その後国家公務員共済組合法に基づいて設立された大蔵省印刷局共済組合滝野川工場支部(以下単に共済組合という)がその事業の一としてこれを営むこととなり、当初は直接その経営をしたけれども、右共済組合は、昭和三五年一二月二八日、訴外株式会社西武百貨店に対し、同食堂における調理、配膳等の給食作業を委託しついで、昭和三七年三月二四日、右訴外会社に対し、右食堂経営を一切委託するに至ったこと、前記共済組合が右食堂を直営していた当時は勿論、前記訴外会社に給食作業のみを委託していた昭和三七年三月二三日以前においては、同食堂で使用する米穀類その他の材料は、同共済組合が購入し、これを受託者に提供していたが、食堂の経営一切を委託するようになった昭和三七年三月二四日以後は、それらの購入も一切受託者たる右訴外会社において行なうようになり、共済組合は食事原材料の購買に関し、全く関係がなくなったこと、昭和三九年三月二四日訴外谷村勢幾が、共済組合との間に右食堂経営委託の契約を締結し、西武百貨店に替って同食堂の経営の受託者となり、昭和四一年二月末頃までその経営の衝に当っていたが、同訴外人の右食堂経営の態様も前記西武百貨店が行なっていた当時と同様に、米穀類その他の食事原材料は総べて受託者たる右訴外人の計算において購入してきたこと、原告は昭和二五年九月頃、米穀の配給がいわゆる民営になった当時から、昭和四一年二月末日まで、印刷局滝野川食堂に対して米穀類を販売してきたが、その間右食堂の経営者が前認定のように変更交替するに従い、その取引の相手方たる米穀類の買主も、右共済組合から訴外株式会社西武百貨店訴外谷村勢幾へと順次変更したこと、従って原告主張にかかる本件各売買における買主はいずれも訴外谷村勢幾であって、このことは原告においても十分に承知していたことが認められる。≪証拠判断省略≫
原告は、原告が印刷局滝野川工場食堂に対して販売した米穀類のうち、職場用加配米は、被告に対して割当配給されるものであるからその買主は被告であると主張し、≪証拠省略≫によると、大蔵省印刷局滝野川工場においては同工場長の名をもって、職場用加配米の配給割当を受け、右割当に基づく米穀は、原告がこれを売渡していることが認められるけれども、右配給量の割当が前記滝野川工場長に対してなされていても、現実にその米穀を購入した者は右食堂の経営者である訴外谷村勢幾であり、原告自身も従来右訴外人が買主であるとし、同人からその代金を受領してきたことは前記事実認定に引用した各証拠に照らして極めて明白なところであるから、右各書証の存在は前認定を覆えすに足るものではない。また、≪証拠省略≫によると、被告は本件滝野川工場の食堂経営に関し、経営受託者たる訴外谷村勢幾に対し、被告所有の建物、什器等の設備の使用を許すとともに、委託手数料として若干の金員を支払っている事実が認められるから、被告が本件食堂に関し全く無関係であるとはいえないけれども、右は被告が滝野川工場勤務の職員の食費に関する負担を軽減する目的でとられた措置であるに過ぎず、これをもって被告自らが右食堂経営の衝に当っている証左とすることはできないばかりでなく、同食堂は大蔵省印刷局共済組合という、被告とは別個の法人の事業の一として営まれているのであって、被告自身の事業でないことは前認定のとおりであるから、たとえ、被告が右食堂の経営に関し、建物その他の設備の使用について便宜を供与し、あるいは委託手数料名義をもって補助金を支給していた事実があっても、これをもって、被告が右食堂の経営主体であるという、原告の主張を採用する根拠とすることはできないのである。
これを要するに、原告主張にかかる本件米穀類等の買主は訴外谷村勢幾であって被告ではなく、被告が同訴外人に対し本件売買に関する代理権を授与した事実のないのは勿論、原告にその旨を告げたような事実もないこと、本件売掛代金の債務者が訴外谷村勢幾であり、被告でないことは、原告においても十分に承知していたものと認定せざるをえないから、その余の争点について判断をまつまでもなく、原告の本訴請求はこれを認容することはできない。
よって、原告の本訴請求を棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用し、主文のとおり判決する。
(裁判官 下関忠義)